メールマガジンバックアップ

Vol. 50 今、この時の関わり

8月の衆議院議員総選挙で、民主党は「歴史的」な勝利をおさめ、政権交代を果たしました。 福祉や建設といった分野では急速に変化が起き、いくつかの局面では軋轢も伝えられています。変化とは痛みを伴うもの、どこかで聞いたそんな言葉が頭をよぎるこの頃です。 先月には、鳩山首相が「所信表明」を行いました。その中でも触れられていたある出来事について、今回はお話を進めていきたいと考えています。 鳩山首相は、所信表明の中で、その出来事について以下のように触れていました。 -『青森県に遊説に参った際、大勢の方々と握手させていただいた中で、私の手を離そうとしない、一人のおばあさんがいらっしゃいました。息子さんが職に就けず、自らのいのちを断つしか途がなかった、その哀しみを、そのおばあさんは私に対して切々と訴えられたのです。 毎年三万人以上の方々のいのちが、絶望の中で断たれているのに、私も含め、政治にはその実感が乏しかったのではないか。おばあさんのその手の感触。その眼の中の悲しみ。私には忘れることができませんし、断じて忘れてはならない。 社会の中に自らのささやかな「居場所」すら見つけることができず、いのちを断つ人が後を絶たない、しかも政治も行政もそのことに全く鈍感になっている、そのことの異常を正し、支え合いという日本の伝統を現代にふさわしいかたちで立て直すことが、私の第一の任務です。』 (10月26日、第173回国会における鳩山首相の所信表明より) 私は、この青森県での様子を、選挙期間中の8月にニュースで見ていました。 号泣しながら鳩山氏の手を握るおばあさんの様子が、私も頭から離れませんでした。 都会でリストラに合い職を失った後、青森の実家に戻ってきていた息子さんが、1週間前に自殺をしてしまった、というお話をせつせつと伝えておられました。 周囲に立っておられた方々も涙を拭いていました。私もテレビの前で涙をぬぐいました。 このおばあさんのお話から、鳩山氏は、政治に携わる者としての責任を感じ、先のような演説を行いました。 鳩山氏の話はもっともであり、自殺者年間3万人、あるいはそれ以上というこの日本の現状には、私もじっとしていられない何かを感じています。 教育に携わる私は、ここで、また違った観点からある思いに至りました。 自ら命を絶ってしまわれた35歳の息子さん。彼も昔は中学生だった時代があったはずです。 私は、今、中学生や高校生、あるいは学生である方々のことを考えます。 目の前の生徒が、例えば簡単な漢字が書けない、という場合があります。教師はそういった場合は丁寧に漢字を教えたり、漢字練習帳を渡したり、特別な宿題を出したりして何とかしようとするものです。 中には、簡単な計算が出来ないまま中学を卒業してしまう生徒もいます。マイナスの計算が出来ない、分数がわからない、方程式が解けない・・・。 彼らのその後について、私は思いを巡らせています。 例えば中学校なら、目の前の生徒は3年間で確実に卒業していきます。 密接に関わるのはわずか1000日余り。卒業後にも穏やかな人間関係が続きますが、生徒たちにも新しい出会い、新しい関係が芽生えていくものです。 その1000日の間に、いったいどれくらいのことができるのだろうか、あるいは、できたのだろうか、と考えます。 私たちは、大人になる途中の、可能性にあふれた若者と、貴重な日々を過ごすのです。 目の前の、簡単な方程式が解けないこの生徒も、やがては35歳の大人になるのです。 一人の人間が、全てのことを教え責任を持て、というのではありません。 しかし、目の前の人間一人に関わる全ての人が、それぐらいの「気概」を持って接することが、何よりも大切なのではないでしょうか。 数学をどう教えるか、ではなく、どこまで真剣に、その人と関わるかということです。 その手段が数学であるというだけです。 目の前のこの生徒が、青森のおばあさんの息子さんになるかもしれない。 もちろん、教育は全てではありませんし万能でもありません。経済状況やその他諸々のことが複雑に絡み合い悲劇が起こるということは、重々理解しています。 それでも、誰かと関わるということには、それだけの責任感と使命感が必要であるということは、紛れもない事実なのではないでしょうか。 困っている生徒、悩んでいる学生、問題を抱えている部下。 そのことに気付いた時には本気で真剣に関わり、何かの力になるべきであると考えています。 同時に、そういった本当に人生を左右するような「人生の関所」において、「あの人に話をしてみよう」とふっと顔を思い出してもらえるような、そんな人間でありたいと考えています。 世の中を良くしようと考える時、政治家は政治を通してそうするべきですし、教育者は教育を通して、それに貢献するべきです。 今、この時の関わりを大切に。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 (原田隆史)