メールマガジンバックアップ

Vol. 51 大学生を教育すること

先週末、京都で大変意義のある教育シンポジウムが開催され、私も発表者の一人として参加させていただきました。 「ライフスキルシンポジウム2009」というもので、財団法人大学コンソーシアム京都が主催しています。 今年は「学生スポーツの不祥事を考える」という直球のタイトルのもと、各界の教育者が知恵を持ち寄り、スポーツ活動を通した「ライフスキル教育」について議論を重ねました。 ライフスキル、という言葉をご存知でしょうか。 これは、1997年にWHO(国際保健機構)が提唱した「ライフ(人生の)スキル(技術)」です。 WHOは以下のように定義しています。 「日常生活で生じる様々な問題や要求に対して、建設的かつ効果的に対処するために必要な能力」 日本では、文部科学省が学習指導要領で提案した「生きる力」、経済産業省が提案する「社会人基礎力」といったもののほうが一般的かもしれません。 ライフスキル教育は、他者との良好なコミュニケーション、意志の伝達、問題解決力や対応力、善悪の判断をつけ何かを断ったり自分にとってより良いものを判断したりする力を養うこと目的としています。 それが網羅する範疇は、薬物や喫煙問題(断る力)といったものから思春期妊娠やエイズの問題、あるいは知力の向上といったものまで、多岐にわたっています。 アメリカでは大学スポーツの繁栄を背景とし必要性が高まり、今ではほとんどの大学で教育プログラムが実践されているそうです。 私は以前のメールマガジンでも、大学スポーツ界および大学生の不祥事とその対応策について私見を述べさせていただきました。 重複する分もあるかと思いますが、今一度、考えをまとめてみようと思います。 小学校・中学校・高校の教育現場では「生活指導」という言葉が頻繁に使われています。 「生徒指導部」という部署では、生徒の生活上の問題の事前指導や事後指導を中心となって行います。 よりよい生き方、善悪の判断、家庭状況改善の支援などについて、時には学校外の関係諸機関と連携をとり、生徒の生活改善に尽力を尽くします。 さて、大学には、「生徒指導部」が存在するのでしょうか。 大学生のより良い生き方、善悪の判断、家庭状況改善の支援などについては、どういった活動が行われているのでしょうか。 あるいは、大学生と言えばもう成人を迎える年齢です。 大人に生徒・生活指導を施すなんてそんな甘えた、馬鹿げた話はない、ということでしょうか。 私たちは「大学生なのだからもうわかっているはず」と考えています。 「これぐらい知っているだろう」「そんなことは常識だ」 そういった「大学生なのだから」という目で見てあげることが、その大学生自身の責任感や大人としての意識を刺激することは確かにあると考えます。 しかし、その大学生は、ゆとり世代の大学生です。中学校や高校時代に、物事の善悪や社会の厳しさを教える正しい「生きるための指導」を受けていないかもしれません。 その大学生は、「未学習」の状態だという可能性が高いのです。 目の前の学生が、善悪の判断がつかず、何か間違ったことをしようとしている。 もう大学生なのだから、自分で責任をとりなさい、という態度で接することも重要でしょう。 しかし、その大学生が、私たちの常識を覆すほどの「未学習」な状態であったとしたら、教育者たるもの、その状態を見抜くことが出来ず適切な時に適切な指導をできなかったことを悔やむべきではないでしょうか。 現在の日本では、金銭的な面が満たされれば(援助や奨学金制度の充実も受けて)、望めば幼稚園から大学までの教育を余すところなく受けることができる状況です。 幼稚園の先生には、発育段階やその時の状況に応じての教育があります。 靴をそろえる、挨拶をする、トイレの使い方や手の洗い方など、生活習慣全般を教えなくてはいけません。 では、小学校に入った児童が手を上手に洗うことができなかったとしたら、それに気付いた小学校の先生はどうしますか。 やはり、「こうやって洗うんだよ」と、教えるのではないでしょうか。 では、中学校に入った生徒が、同様にあいさつができなかったら、それに気付いた中学校の先生はどうすればよいのでしょうか。 「これは小学校までに当然身につけておくべき習慣だ。幼稚園や小学校の先生がさぼったからこうなっているのだ。だから、私が教えることではない。」と言えば良いのでしょうか。 同じことが高校や大学の教育にも言えると考えています。 目の前の生徒や学生が過去に受けた教育を問い、「この生徒は何も知らないな」と考えることは容易です。 そこで、その生徒にとって足りていない学習を、今わたしが教えるのだという強い使命感を、教育に携わる全ての者が持つべきです。 現代日本の大学生に足りないもの、それは他者と協力し、お互いがよりよく生きるための力です。それらを総じて「ライフスキル」と呼び、効果的な教育の一つの方法と成りうるのではないかと検証が進められています。 足りない、未学習だとわかったのであれば、立ち上がり教育を実施するべきです。 ライフスキル能力を高め、目指す「全人格的人間」は、私たちの「原田メソッド」が提唱する「自立型人間」と多くの共通点を持っています。 次号では、日本の教育が目指すべき方向をスポーツの特性を通じて考えてみたいと思います。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 (原田隆史)